Velvet chocola

*valentine企画短編



「フヒャヒャヒャヒャ、バレンタインの…しかも大安の日に大雨とか、リア充ざまぁ!」



教会、客間用の一室。
窓際に設値された革張りのソファーにだらしなく腰掛け、通り過ぎる男女の傘を指差し態とらしく耳に着く笑い声をあげる を横目に、口にしていたカップをテーブルに置く。


「…まさかこんな事のために、私を呼び出したわけではあるまいな?」


そう問い掛ければ、窓の外から視線を此方に向けた が不思議そうに小首を傾げる。


「え、だって面白くないですか?」

「…俗世の事に然したる興味津は無い。」


そう言って目の前に置かれた自分のカップを再び口へ運ぼうと手を伸ばしたが、テーブルにバン!と勢い良く両手をついて身を乗り出す のせいで私の手は空を掴むだけとなった。


「だって考えてもみて下さいよ!今日はクリスマスの次くらいに仲睦まじい恋人達が、チョコやらプレゼントを餌に、そりゃあもう甘ったるい雰囲気の中でイチャコラする日なわけですよ!…そんなデート日和な日が大雨…気分も雰囲気もガタ落ちなわけですよ、こんなあからさまに他人の不幸を目の前にしたら、笑わずにはいられないでしょう?」


一息でつらつらと声高らかに言い切る女の、なんと邪念に歪んだ表情だろうか…
だがそんな女に何故か自分は、好感を持ってしまうのだった。
それを表に出す事もなく、務めて冷やかな眼差しのまま返答する。


「此処は聖域、神の住まう家だ。その様な非道徳的な発言、赦される事ではない。だが、悔い改めこの場で私に懺悔するというのであれば…まだ間に合う。それだけの時間くらいは、慈悲を与えよう。」


そう言い終えてから、今度こそゆっくりとカップを口へと運んだ。
時間が経ち渋味の増した紅茶を飲み干し、空のカップをテーブルに置こうとしたところで…

「っ……くは」

と、 の口籠った笑い声が聞こえた。


視線を手先から少し上へずらせば、 がテーブルに片手をついて笑いながら立ち上がる。



「ふはは、アンタがそれを言っちゃうの?」

「…どういう意味だ?」

「そのまんま。根性ネジ曲がったエセ神父が、他人の幸せを祝福とか…有り得ないわ」



此方に背を向けたまま、片手をヒラヒラと顔の横で振ってみせる。
表情こそ見えはしないが、その口元は弧を描いて吊り上がっているに違いない。



「てか、前言撤回する気も無いし。私には幸せ噛み締めてる奴等の気持ちなんて解らないし、ましてやそれを妬ましく思われてる気持ちなんか想像出来ない。それを求めようとも思わないけどね…」

「ならば仮にお前が愛されれば、先程の考えを改めると?」

「…そんなの解らない、愛とか簡単には貰えないでしょ?」


またケタケタと笑う。
自嘲しているわけでもなく、自身を憂いているわけでもなく、ただこの女は虚空に笑い声を響かせている。

…まるで、自身の内を見せ付けられている様で…

気が付けば、無防備な女の手首と喉元を同時に後ろへと引き倒し、覆い被さる様に上へ跨がり床に組み敷いていた。



「…いった……」

痛みに小さく呻く声。
先程とは違い、余裕が消え失せた女の顔に態とらしく音を立てて舌先を寄せる。
途端に組み敷かれた体が硬直し、痛みに伏せられていた瞳が見開かれる。


「今日は、男女が戯れる日なのだろう?」


そう言ってやれば、眉間に皺を寄せて此方を見上げてくる。


「…世俗の行事に興味なんて無いんでしょ?」

「それとこれとは話が別だ…だが、こうすれば貴様も形だけとはいえ、己が中傷する者達と同じになる…違うかね?」


返す言葉も無いのか、それとも思考を放棄したのか…
 はぐっと奥歯を噛み締めて、ただ私を疎ましく見据えるだけだった。

そんな視線を無視して言葉を続ける。


「聖域で交わる事ほど、神聖なものは無い」

「そりゃ、愛しあってればロマンチックかも知れないけど…“愛なき交わりは罪深い”って聖書にも書いてあんじゃん」

「迷える者を救うためだ、神も寛容に目を瞑って下さるだろう…」

「ぅーわ、テキトー…」


漸く視線を私から離し、顔を横に伏せた女の白く長い首筋に口付ける。
体はそれにビクリと一瞬震えはしたものの、声は固く閉ざされた唇から漏れ出す事はなかった。

そこでまた、自身の内側で黒い感情が浮かび上がる。
どれだけ弄べば…この女から乱れた嬌声が漏れるのか、確かめてやりたくなった。

室内には雨音だけが響いている…

そっと片膝を女の内股の間に滑り込ませる。
途端に大人しくしていた体が跳ね、両手を私の胸に押しあて抵抗をみせた。
だが、体制的にも腕力的にも私の方が上にある。

暴れる の両手を簡単に掴み、顔の両脇に勢い良く叩きつける。
そうして乱れた髪の間から見える表情に、息を飲んだ。

はらはらと音も無く流れる滴。
だがそれは恐怖から流れ出でたものとは違っていた。

 の瞳は、まるで教会に集う信徒の様に澄んだ期待に満ちた色をしていた。

呆気に取られていると、小さく掠れた声が耳に届く。



「……こんなのを望んだんじゃない。でも、今日…傍に、一緒に居られて、形だけの行為でも…“幸福”だと思っちゃった……笑いなさいよ、こんな異常な私を…」




つくづく、どうしようもなく、救いようのない…


愚直に歪んだ笑みを浮かべる女に、密着していた下肢の間が熱を持ち屹立する。

それに気が付いたのか、 は先程よりも声量の増した怒声を吐き出す。


「人の泣き顔見て興奮するとか最っ低!信じらんないっ!!!」


「何を今更……お前はそんな私を望むのだろう?」


 、と小さく名前を呼んでやれば再び大人しく口を噤んだ。


雨音が、互いの呼吸を欠き消す中…この感情の名を探した。

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